平 尾
確かに、そういう考え方が必要ですね。ところで、スポーツの世界に限ったことではないのかもしれませんが、今の日本人はすぐに結果や見返りをほしがる傾向があるように思います。ものによっては、十分に時間をかけてマーケットを熟成させて、それから回収に取り組むという段取りが必要です。ところが、そういう段取りをどうも理解してもらえない。「これだけやったんだから、それなりの結果が出なければならない」と、非常に早く回収したがるんですね。逆に、急いだために失敗するケースも多くあります。戦後日本は、すさまじい勢いで経済復興を果たしたけれど、それが当たり前になっているようなところがあるんでしょうか。それとも、日本人がもともと持ち合わせている特性なんでしょうか?

和 田終戦後、日本人はすぐに結果が出るような経験をしてきたので、それが習い性になったんでしょうね。もともと日本はゆっくりと歴史が流れる国でした。そう考えると、戦後、日本人の思考構造がずいぶん変わってきたように感じます。

平 尾つまり、高度経済成長を経て、日本人は急に豊かになったともいえますが、そのときの成功体験が根底にあるということですか?

和 田そうですね、戦後の成功体験が影響しているのだと思います。成功体験には一長一短があるんです。「こんなふうにやったら、うまくいく」とか、「こんな接し方をすると、お客さんは買ってくれる」とか、「相手がそうでるときは、こんな戦術を組めばいい」といったように、人間はさまざまな経験をしたり外部環境の影響を受けたりしながら、自分の中に知識を構築していきます。それを認知心理学の用語で「スキーマ」といいます。スキーマそのものは、悪いものではありません。むしろ、スキーマを持っていないと、何のために人生経験を積んできたのか分からないということにもなりかねません。ところが、その成功体験が逆にでることもある。たとえば、Aという作戦を実行していつも勝てていたものが、ある時から急に勝てなくなったりする。これは、相手がAというスキーマを突き崩してくるような作戦を立てたり、Aが時代に合わなくなったりしたことが原因と考えられるのですが、その前に自分にAというスキーマによる成功体験があると、それが適合しなくなってきているという判断がなかなかできない。

平 尾なるほど。

和 田ですから、人間は1度作ったスキーマが適合しなくなったら、それを崩していかなければいけないのですが、それがなかなか難しいんです。とくに、本で読んだスキーマなどと違って、自らの成功体験によって作られたスキーマからは、なかなか離れられないものなんです。

平 尾スキーマが染みついてしまっているというわけですね。

和 田そうなんです。だから逆に言えば、いつも成功している人の一番の弱点部分は、そこにあるということなんです。

 

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