佐渡平尾さんは代表の監督をやられてどうでした?

平尾そのことについて話し出したらきりがないけど(笑)、ものすごくいい勉強になったのは、日本は急激な変化には耐えられないということを身をもって知ったことですね。今、「構造改革」という言葉が氾濫しているけれど、日本にいちばん適しているのはインクリメンタリズム(漸増主義)といって少しずつ変えていくという方法なんでしょうね。たとえば、10人いるところを3人に減らさなければいけないとき、一気に3人にしたら失敗します。10人から9人に、9人から8人にというように徐々に減らしていくのが、日本の土壌にあった変革の仕方なんだと思います。

佐渡そういうものですか。

平尾僕の場合は、急激なる変化をしようとしたところがあったんです。それでも、いい結果がすぐに得られたら文句も出なかったと思いますが、そうはうまくいかなかった。それでも、僕はやり続ける必要があると思って遂行したけれど、最終的にはコンセンサスが得られませんでした。

佐渡僕は、日本のオーケストラから音楽監督に来て欲しいというお誘いを受けたこともあるんです。もし、本当に自分が理想とするオーケストラをつくるならば、一からやらなければダメなんじゃないかと思っているんです。それでも「革新的に大きく変えてもらって、“佐渡裕”一色にしてもかまわない」と言ってくださるところがあるけれど、既存のオーケストラを思うように変えることができるのか、疑問なんです。しかも、今の話のように、少しずつ変えていかなければならないような土壌が日本にはあるわけですよね。

平尾と、思いますよ。

佐渡やっぱり、そういう道を選ぶべきでしょうか。

平尾いや、それはわからない。佐渡さんが風穴を開けることができるかも知れない。ただ僕の経験からすると、少しずつ変革することによって目標を達成するのが、いちばん確実な方法なんじゃないかと思います。最近の日本では、カルロスゴーンが日産自動車の再建のために大幅な人員削減などの改革をしたけれど、あれは彼の手腕だけではなく日本の文化を知らない外国人だからできたという側面があると言われている。日本人があれほど大胆なことをしたら、受け入れられたかどうか…。

佐渡そうですね。僕も結構わがままにやらせてもらっているけれど、外国人だから受け入れられいるところもあると思うんです。

平尾「外人だから」という感覚は、ヨーロッパ人にもあるのかもしれないですね。

佐渡この前、イタリアのある劇場で演奏会をしたんです。その劇場のステージの周りにカーテンがつるしてあったので、音がちっとも響かなかったんです。1曲終わったところで、劇場の人に「カーテンを全部外して欲しい」と頼んだんです。ところが、カーテンを外すと、消防用のはしごとか消火器、楽器のケースがあったりして醜いんです。それを承知で頼んだんですが、劇場側はなかなか聞き入れてくれない。最終的には、「ああ、そう。じゃあ、今日はこれで帰ります」って(笑)。

平尾ハハハ、強行ですね。それで、外してもらえたんですか?

佐渡10メートルもあるような長いカーテンで外すことは無理だったけど、括ってもらいました。そのために、30分ぐらい演奏会を中断しました。僕は基本的にはそれほどわがままな人間だとは思っていないけど、音のためにはどうしても我を通そうとしてしまうんです(笑)。

平尾でも、それで音はよくなったんでしょう?

佐渡そうなんです。たしかにちょっと見栄えは悪くなったけれど、僕やオーケストラも気持ちがいいし、お客さんだって大喜び。みんなハッピーでした。

平尾それは、わがままではないですよ。わがままというのは、自分だけがよくて他が損をするとか、間違った思いこみだけで貫こうとするとか、そういうことだと思います。もともと、みんなにいい音を聞かせたいという目的が根底にあったわけですから。

 

 
 
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