平尾それは、スポーツにおいてもまったく同じですね。ラグビーでは「パスは形から」と言いますが、僕は形から入ることを否定しているんです。それよりも先に、パスそのもののことを教えなければいけないと思っています。でも、日本のラグビー指導者の多くは、まずパスの放り方を教える。「手首を返して」とか「腰を入れろ」とか。

佐渡指揮者ならば、さしずめ指揮棒の振り方ですね。

平尾そう。たとえば、指揮棒はこう持って、腕の高さはこのぐらいで、ひじを何度に曲げて、というようなことです。そうやって教わると、みんな同じ形になります。だから、日本のラグビーを見ると、パスがすごくきれいなんです。でも、パスにとっていちばん大切なことは、フォームの美しさではない。パスというのはAからBにボールが移動することです。そのときに忘れていけないのは、Aがボールを持っていたときよりも、Bがボールをもらったときの方が状況がよくなっているということなんです。それがパスの本質であって、そのためにパスという行為が存在する。「型」はあくまでも、パスを投げるときにこれがいちばん効率がいいフォームだろうということでしかないんです。

佐渡日本では、その本質を教えないで、型から入ってしまうわけですね。

平尾そう。本質を理解していないから、実践で有効なパスを放ることが思うようにできない、というのが僕の考え方なんです。

佐渡なるほど。たしかに、おっしゃるとおりかもしれませんね。

平尾日本のラグビー界には「ホスピタル・パス」という言葉があるんです。

佐渡「病院」ですか?

平尾そう、つまり「病院行きのパス」なんですよ。ボールを持ってバーッと走っていたら、前から大きな敵が突進してきた。「うわっ、危ない」と思ってパスを放ったら、パスを渡した相手の方がもっと危ない状況で、ボールを受けた途端、敵のタックルを受けてそのまま病院に運ばれてしまう。そういうパスのことを指しているんです。

佐渡ハハハハ、それは怖い言葉ですね。さっき、平尾さんが言われたパスの本質をまったくわかっていない。

平尾そうなんですよ。ボールを放ることによってチーム全体の状況がよくなることが大前提だということを、しっかりと教えられていないから、「ホスピタル・パス」などということが起こってしまう。本当のパスが向上しないんだと思います。

 

 
 
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