松 尾それから、もう一つ申し上げておきますと、100年といったら非常に長いように聞こえるでしょ?
平 尾そうですね。
松 尾100年先という視点は、財界などの委員会でもなかなか出てこないんですが、パラダイムの大転換期というお話しすると、気づかれる方が多いんですね。先日も、JR東海会長の須田(寛)さんが「そう言われてみれば、100年前に鉄道はどこをどう走って、駅舎はどれだけ必要かははっきりしていた。」と、おっしゃっていた。つまり、ラグビーにしろサッカーにしろ、ほかの何にしても100年以上前に始まって現在も続いているような長寿命のものは、30年先のことは当然として、50年先も、100年先についても、ある一定のことは考えられるはずなんですね。
平 尾おっしゃる通りだと思います。ラグビーも「100年構想」といって、100年単位で日本の強化を図っていこうとしているのですが、実際の現場でそういうスタンスをとることは難しい部分もあって、うまくいかない面もあります。やっぱり100年先というのは、実感がないんですよね。
松 尾そうですね、多分。
平 尾でも、だからこそ、これからのリーダーは、100年先を見据えられる人でないと…。それは、確たるものでなくても、流れの中で「100年後はこうなっていくといいな」ということがちゃんと描ける人間であればいいわけです。そういう力がないと、今後、リーダーシップは取れないのではないでしょうか。どうも日本人は拙速というか、何に対しても早くやることが素晴らしい、能力が高いという評価をしがちです。もちろん、そういう面ありますが、じっくり時間をかけてでしかできないことも、またあるんですよね。
松 尾そうですね。
平 尾たとえばスポーツなら、スキルを向上させていくときに時間をかけないと、本当の意味での習熟ができないものも多いんです。それを勘違いして、1000本ノックとか1000本素振りなどの反復練習で埋めてしまうことが、日本のスポーツの中でよく見られます。それは、型を習得するというということに関しては非常に有効だし、それによってある瞬間に効果を出す可能性もある。しかし、競技の中におけるスキルアップとなれば、判断力などを養成しなければなりません。そういったものは、反復練習では絶対に身に付かないんです。その指導は、型を習得するよりずっと時間がかかるし、寛容さも必要になる。日本の指導法というのは基本的に寛容さが足りないこともって、なおさらそういった指導は難しくなります。スポーツの世界のコーチングの話をすると、そういう状況がありますね。
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