松 尾今のお話は、学問の世界とよく似ていますね。

平 尾スポーツを見ると、日本人の優れているところと、そうでないところが際立ってきているんです。たとえば、型を精度よくやるようなものに関しては、非常にレベルが高いんです。たとえば、シンクロナイズド・スイミングなどですが、そういう競技は強いんです。ところが、混沌とした状況の中で、インスピレーションでプレイをするようなものは、苦手ですね。たとえば、サッカーで「外国と日本人プレーヤーとの一番の違いは何か?」と問うと、海外のコーチからは“インスピレーション”という答えが返ってくる。いわゆる「ひらめき」ですね。このあいまいな一言を、日本のコーチがなかなかうまく説明しきれていないと思いますね。ひらめきには判断力とか計画性とかいろいろな力が必要なんでが、この能力は詰め込んだ練習からは生まれてこない。ある年代に、時間をかけて、じっくりと指導していかなければ開花しないんです。あくまで推測ですが、混沌とした状況の中での日本人の判断があまり冴えず、いいプレイが出現しにくいことに、ものすごく影響しているのではないかなと思います。

松 尾おっしゃることは、非常によくわかりますね。たとえば、科学技術の分野では、「基礎的研究」「応用・開発研究」というのがありますが、応用・開発の研究というのをこれまでの日本は得意としていました。つまり、オリジナルなものを教えてもらって、それを改良してセームワーク(same work)して大量生産、確実生産するもので、基礎と金さえあれば何とかる分野ですよ。もちろん、それを行うために必要なある一定の能力を身につけるには、反復訓練のようなものをしないといけない。

平 尾そうですね。無から有は生まれてきませんからね。

松 尾ところが、いつのまにか日本は、学問的にも経済的にも、トップランナーに近いところを並んで走り出したんですね。そうすると基礎研究といわれている分野は、誰も教えてくれないんです。しかも、科学技術がナショナル・インタレスト、つまり国家利益に直接つながるような現代ではなおさらです。ところが、基礎研究のところでは、ベースになる部分の研究をきちんと修めた人が、ある日突然ブレークスルーする、つまり新しいことをパッと思いつくんですね。さきほど平尾さんが言われた「ひらめき」です。ですから、「3年間にこれだけお金をあげるから、研究しなさい」と言われた場合、開発研究ならばある程度の成果は必ず出せるけど、基礎研究ではそうはいかない。

平 尾どのぐらい時間がかかるか見えないわけですね。

松 尾そう、明日ひらめく人もあれば、20年後にホームランを打つ人もいるんですよ。だけど、そこを非常に大切にしないと、次のステップへ上がれないというのが事実ですね。

<<つづく>>

 
 
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