「スポーツインテリジェンスの認知と普及」−−。これは、SCIXが設立理念として掲げている大きなテーマのひとつである。スポーツインテリジェンスとは、スポーツに関するさまざまな「知」のことであり、たとえば創造性や主体性、判断力などといったものが含まれる。私はこれまでの選手、監督の経験を通して、世界を相手に戦うためにはハイレベルなスポーツインテリジェンスが必要であることを痛感した。特にラグビーのように体格的なハンディを抱えるスポーツでは、知のスピードで相手を上回らなければ勝機を望むことさえ難しい。ところが、そのスポーツインテリジェンスが欧米のスポーツ先進国に比べて明らかに劣っているのだ。では、なぜ日本人はスポーツインテリジェンスの部分で遅れをとってしまったのか。それは、どうしたら養っていけるのか。この大きな命題について、スポーツライターのみならず音楽評論家、小説家としても活躍をしている玉木正之氏とともに語り合った。

玉木以前、シンクロナイズドスイミングの奥野(史子)さんと会ったときに、おもしろい話を聞いたんですよ。シンクロナイズドスイミングでは、手足をカクン、カクンと曲げた独特の動きをするでしょう。僕は、あの動きが美しいのか、ずっと疑問に感じていた。

平尾そもそも、美しいか美しくないかを採点するのが、ものすごくあいまいなことですけどね。

玉木そう。美しさというのは技術とは少し違うところもあるから、難しいところなんだけど。それで、ああいう鋭角的な動きをするのは、選手同士が動きを合わせやすいからなのかと聞いたら、そうではないと。シンクロナイズドスイミングはスポーツだから根底には力強さが求められている。また、西洋で誕生したということもあって、我々が考えるたおやかさなみたいなものはポイントにならないというんです。

平尾根本的な文化の違いがあるわけですね。

玉木そう。シンクロでは、ああいう動きをしないと点が取れないというわけ。

平尾技術を競う以上、そのへんは変えようがないわけですね。

玉木ところが、1988年のソウルオリンピックでは小谷実可子さんが「蝶々夫人」を題材にした演技で銅メダルを取った。非常に優雅なイメージのある題材だったけど、手足の動きはカクン、カクンだった。だから、演技をしている本人も、とても不自然に感じていたというんです(笑)。そういうことがあって、奥野さんたちの場合は、あの独特の動きが自然に感じられるようなテーマを選ぼうということになり、「昇華〜夜叉の舞」という演技を完成させた。それまでは、笑顔で演技をするのが当たり前だと思われていたけど、「とても笑って演じることなどできない」ということで、そのときは激しさや怒りを全面に出した。その演技で、94年の世界水泳選手権で銀メダルをとったわけです。

平尾なるほど。

玉木さらに、昨年のシドニーオリンピックになると、日本やロシアが「空手」を題材にした演技をしていた。空手はまさに、シンクロ独自の鋭角的な動きがマッチする。そんなふうに、シンクロ独自の動きを変えることができないのならば、その動きが自然に見えるようなテーマを選ぼうという発想は、素晴らしいスポーツインテリジェンスだと思うんですよ。

平尾そこへ行き着いたというのは、素晴らしいですね。

玉木つまり、スポーツインテリジェンスというのは、「なんか、おかしい」「不自然だ」「この方法ではダメだ」というようなマイナスをプラスに変えるときにものすごく必要になってくるものじゃないかと思いますね。

平尾おっしゃるとおりだと思います。

 

●プロフィール
玉木正之(たまき まさゆき):1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。大学在学中から新聞で評論やコラムを執筆し、大学中退後、ミニコミ出版の編集者等を経てスポーツライターとして活躍。独自の視点を持ってスポーツ界の問題点を指摘するものの、現状が変わらないために、一時スポーツライターを休止。音楽評論家、小説家、放送作家などに活動の場を移したが、99年に『スポーツとは何か』(講談社現代新書)の出版を機に、再びスポーツについても健筆を振るう。ほかに、『音楽は嫌い 歌が好き』(小学館文庫)、『京都祇園遁走曲』(文芸春秋)、『不思議の国の野球』(東京書籍/文春文庫)、『Jリーグからの風』(集英社文庫)、『平尾誠二/八年の闘い』(ネスコ出版)など著書多数。

 

 
 
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