98年にはサッカー日本代表を率いてアジア最終予選に臨み「ジュホールバルの奇跡」で悲願のワールドカップ出場を果たす。その後、JリーグではJ2コンサドーレ札幌を率いて、見事2年でJ1昇格。現J1横浜Fマリノスでは、2年連続でリーグ戦制覇。今季も3年連続Vに挑むサッカー界の名将・岡田武史監督。その鮮やかなキャリアの裏側で“日本一の指導者”として何を学び、何に苦しみながら、コーチングの奥深さと対峙してきたか。同じ関西出身で「ヒラオ」「オカダさん」と呼び合う仲のお二人に、じっくりと語っていただいた。

平 尾岡田さんは、いいコーチになるために、人間として持ち合わせていなければならないものなんだと思いますか?

岡 田僕は世界中のいろいろなトップコーチや監督に会ってるけど、これがないとダメだというようものはないような気がするね。こういう資質がないとダメだとか、こういう資質を教育で身につけなければいけないとか。それよりも、自分の“地”をしっかりと見つめるというか、自分なりのものを作っていくことの方が、大事なんじゃないかという気が最近はすごくしている。

平 尾結局は指導者と言えども、最後は“地”が出るんですよ、人間の。

岡 田そうなんだよ。僕も最初は「言葉の使い方教室」とか行って勉強したけど(笑)、最後はやっぱり「アホかー!!」って言ってしまうわけだよ。教室では「アホとか言ってはいけません」とか、「ダメという言葉は使ってはいけません」とか教えられるんだけど、「そういうアンタもダメだと言ってるやないか!」って、最後はけんかになってね(笑)。

平 尾岡田さんらしいエピソードですね(笑)。

岡 田
人間の“地”というのは生まれ持ったものだからね。これは僕がイタリアのコーチコースに行ったときの話なんだけど、向こうアリゴサッキというイタリアの監督をやった有名な人の講義を受けたんだよ。そのときに彼が講義の途中にこんなことを言うんだね。「みんなこうやってイタリアまで来て勉強しているぐらいだから、有能な指導者になりたいんだろうと思う。そのために、こうした場で戦術論や練習方法を学ぶのもいいけど、それよりもせっかくイタリアに来たんだから、バチカンに行って絵を観たり、オペラハウスに行って音楽を聴いてきなさい。その方が、はるかに自分のためになる」と言うんだね。

平 尾ほう……。

岡 田僕も最初は「なんのこと言ってるのかな、この人は…?」と思ったんだけど、最近はようやく彼の言葉が分かるようになってきた気がする。要するに、いい指導者になりたかったら、その前に「人間の器」をしっかり作りなさい。どんなスポーツでも勝負になったら結局は最後に「人間の地」が出るんですよ、ということを彼は言いたかったんだな、と。だから絵を観なさい、音楽を聴きなさい、本を読みなさいと。

平 尾要は人間としての許容範囲、キャパシティを広げなさいということですね。

岡 田結局ね、監督というのは人を使う仕事なんだね。そうなると、「小手先」というのは続かない。一瞬、その場を取り繕って上手くやることはできても、人を引っ張っていくことまではできない。その時に一番大事なのは、今、言った「キャパシティ」だったり「人間性」だったりするわけだね。もちろん、どんな人間にも善いところと悪いところがあるわけでね、それを取り繕ってもね。特に僕の場合は、わざとやると絶対にバレる(笑)。

 

●プロフィール
岡田武史(おかだ・たけし):サッカーJ1 横浜F・マリノス監督
1956年8月25日、大阪府出身。大阪天王寺高校から早稲田大学、名門・古河電工に進み、クレバーなプレースタイルのDFとして活躍。指導者としてはジェフ市原コーチを経て日本代表コーチに就任。97年W杯フランス大会を目前に代表監督に抜擢され、見事日本を初のW杯に導く。JリーグではJ2のコンサドーレ札幌を率いて、2年目に優勝しJ1昇格を果たす。03年シーズンからJ1横浜F・マリノスを率い、1年目の両ステージ制覇を含む2年連続優勝を成し遂げる。理論派でありながら、闘志も重視する情熱家。勝負に挑むリーダーとしては覚悟も勝負勘も備える名将である。

撮影:荒川雅臣


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