平 尾僕は、サッカーという競技の本質は、ジーコが考えるようなプレースタイルにあると思っているんです。決め事じゃなくて、自分たちで考えて判断しながらゲームをつくる。だから選手は、考える習慣をつけろということでしょう。

永 井おっしゃるとおりです。

平 尾サッカーもラグビーも、ゲームが継続していく中で攻守が入れ替わる競技で、刻々と状況が変わります。だから「こういう場合は、こう攻める」「こういう場合は、こう守る」という練習をしても、実際に試合をしたらそんな状況にならないことだってある。それよりも、個人個人が「今」の状況を判断して、適切なプレーを選択していく能力を身に付けるべきだと思っています。僕自身、そういうやり方をしてきました。ただ外から見ているマスコミなどは、そういう方法だときちんとした形にならないから、わかりにくいんだと思います。それで、「形がない」というような評価になって、その評価が伝播していくこともある。それが、怖いですね。

永 井マスコミの中には、ゲームの本質を理解できていない人が多いのも事実だと思います。とくに、プレーヤーや指導者としての経験がない人にとっては、素人にわかるような形になっていないものは理解しにくいんだと思います。たとえば、リラックス目的の練習を見て、「だらだらしていた」とか「何を意図しているのか分からない」などと報道する人もいますから(笑)。

平 尾そうなんですよ(笑)。だらけているわけではなくて、リラックスするために追いかけっこのような練習をすることもあるんです。それを、「練習中だというのに、笑い声がある」と批判する(笑)。

永 井図式的というか、教科書的というか、現場に疎い人たちが盲従する固定観念みたいなものがあるんです。例えばサッカーの場合、「試合が0−0で膠着している場合は、後半20分を過ぎたら選手交替をすべきだ」というような定説めいたものがある。そして、その通りにやらないと「なぜ、あそこで交替しなかったのか」「ベンチが動くのが遅かった」などと批判する。でも、例えば引っ込めようとした選手のちょっとした動きとか目つきとか、理論では表せないようなものを感じて、「あと5分みて見よう」などとひらめくことがある。それはチームを実際にもった者でなければ絶対にわからない。

平 尾大前提として、サッカーもラグビーも「人間がやっている」ものであって、それを忘れてはいけないんです。ロボットではなく生身の人間がやっているんだから、試合になったら予期せぬことばかり起こる。マニュアルとかパターンでは、それに対応していくことはできませんからね。

永 井だから僕は、経験のある人が指導者になるのが望ましいと思っているんです。平尾さんのように、現役時代に激戦をくぐり抜けてきた方だと、「こうしたほうがいい」ということが「勘所」でわかるんです。現場ではそういうものが大事なんですね。コーチングの勉強をしっかりとやって、チーム作りから、練習方法、ウォーミングアップの仕方、合宿のやり方まで、非の打ち所がない指導者もいるでしょう。でも、勝負の勘所だけはマニュアルで学ぶことはできません。そして、大一番になればなるほど、ものをいうのがその勘所なんだと思います。ジーコの場合、ブラジルが最も強い時代の中心選手で、試合をすれば激しいマークを受け、引き分けにでもなろうものなら国民から石が飛んでくるような世界で、長いこと戦ってきたわけです。やっぱり、勘所が違うんですよ。ただ、日本人は、きちんとコーチングの理論をその通り実践するような指導者のほうが好きですね。

平 尾わかりやすいですからね。勘所なんて、外から見ていてもらわからない。

 

Copyright(C)2005 SCIX. All rights reserved.