『スポーツは「良い子」を育てるか』という本に出会った。スポーツジャーナリストの永井洋一氏の著書である。そこには、少年期にスポーツをさせておけば、礼儀正しく協調性のある「良い子」に育つという親の思い込みの犠牲になっている子どもたちの実態や、しつけを身に付けさせるのがスポーツの役割だと勘違いしている指導者がいかに多いか実例とともに紹介されていた。そして、本来ならば少年期にスポーツを通して吸収できるはずの「主体性」や「創造性」といった「スポーツ・インテリジェンス」が、置き去りにされている現実に警鐘を鳴らしている。そこで、今回は著者の永井氏とともに、真の意味で選手を“育成”する指導のあり方、スポーツを通して自立・独立(インディペンデント)できる人間を育成することの重要性について話し合った。

平 尾最近、クラブチームも増えてきましたが、中学生や高校生がスポーツを行う場としては、まだまだ学校の部活動が圧倒的に多いのが現状です。そういった中で、学校スポーツもさまざまな問題を抱えています。サッカーの場合、中学・高校ではどんな指導が行われているのでしょうか。

永 井今は、目先の結果を求めるサッカーが広く行われているように思います。とくに高校では、「選手権に勝つ」「日本一になる」というキーワードのもと、そのためのノウハウに特化した指導をしているところが結果を出しています。

平 尾そうすると、将来性を考えた指導というより、短期間で勝つための指導ということになりますね。

永 井そうですね。サッカーというのは、グラウンド半分の自陣側では、慎重にプレーをしなければなりません。相手にボールをとられないように、きちんとボールをつないで進んでいき、相手陣地に入ったら積極的にチャレンジをしていくことが大切です。その間、選手たちは、いろんな判断をしていくわけです。その判断の質、早さといったものが、世界のトップリベルとの差の一つになっています。しかし、それを育てるには時間がかかる。そこで、高校くらいのレベルなら、そうした判断力を育てるよりも、自陣に入ってきたボールを大きく相手陣地へ蹴り出して、後は運動能力の高い選手がそれを拾って蹴り込むというような戦い方を選択した方が、結果は出やすい。

平 尾なるほど。極端に言えば、前線に一人置いといて、あとは後ろで守って、ボールが来たら何も考えずひたすら前へ蹴る。つまり、負けない戦い方ですね。サッカーに限らず高校スポーツの場合、全国大会はトーナメントが主流だから、1回負けたらそれでおしまいです。日本一になるためには、負けない戦術が必要になってくる。ラグビーでいうなら、まずタッチでゲームを切りながらとか、ハイパントを多用した戦い方ですね。

永 井やっぱり、自陣でパスをつないで攻め上がろうとすれば、リスクがありますからね。でも、それを敢えてやらねば、世界を相手に闘えるような選手は育たない。ところが、そうした遠大な理想を持つよりも、インターハイとか冬の全国大会の勝利で勝つことに固執する。とりあえず前に蹴っておけば、日本国内では負けないという考え方ですね。私に言わせれば、そうした一部の監督のエゴ、名誉欲のために、日本サッカー界の若い財産が食い荒らされているんです。

平 尾とくに、サッカーというのはたった1点で勝負が決まってしまうスポーツですから。1点取られると、リカバーするのがキツイですよね。相手に先取されて、今言われたようなリスクの少ない戦い方で守りをガッチリ固められたら厳しい。

永 井
そうなんですよ。日本代表くらいになれば、そういった戦いをされてもサイドから攻めたり、短くパスをつないで相手を引っ張り出したりすることができますが、高校3年間でそうした力を十分に育てることは難しい。ある程度は養成することはできるのですが、やはり十分に熟成させる時間はないから、激しく相手を潰して、とにかく前に蹴りまくって、速い選手がそれを拾って蹴り込むというサッカーが全国レベルで何度も勝ってしまう。ただ、そういった結果直結のサッカーは、高校日本一になるためには合理的な方法だけど、長い目で見た場合には、決してプラスにはならないと思いますね。

平 尾僕も指導者には「長い目」が必要だと思っています。高校生の時には、そのときに身に付けなければいけないことがあって、指導者はそれを理解して、指導しなければいけない。自主性であるとか、判断力であるとか、この年代で身に付けるべきスポーツ・インテリジェンスがたくさんある。指導者はそれをよく理解し、周囲もまた勝敗だけでなくそうした指導をどこまでしているかを、きちんと評価すべきだと思います。もちろん、優勝したら、それはそれできちんとたたえるべきですが。ただ、現在は高校スポーツが全般的に「勝利至上主義」に傾いているし、さらに中学校でもそうなりつつある。

永 井平尾さんの言うことは一字一句、そのとおり。だけど、すごくやっかいなのは、さっき言ったようなひどい方法を使って目先の勝利に固執している指導者も、平素は、口では平尾さんと同じことを発言しているということ。「勝利よりも高校生として大切なことを教えている」なんて、平気で言っているんです。立派な建前を言いながら、現場ではまったく逆のことをやっているから始末に悪いのです。

 

●プロフィール
永井洋一(ながい よういち):スポーツジャーナリスト
1955年、横浜市生まれ。成城大学文学部卒業。大学在学中に少年サッカーの指導を始め、卒業後、地域に密着したスポーツクラブを理想に掲げてサッカークラブを立ち上げ、専任のコーチとして運営にあたる。その後、日産FC(現 横浜F・マリノス)のコーチングスタッフに。スポーツ専門誌の編集を経て、現在は豊富な経験と知識をベースに、サッカーを中心とした執筆活動を展開。著書に、『スポーツは「良い子」を育てるか』(NHK出版)、『日本代表論』『絶対サッカー主義宣言』(双葉社)など。


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