昨年のアテネ・オリンピックで議論を呼んだ「ドーピング問題」は、これまでの記録重視のスポーツのあり方に大きな警鐘を鳴らしたといえるだろう。オリンピックが今後、「より健全なアスリートが、健全な肉体をもって競技や記録を競う場」に進むとすれば、私たちの身近にあるスポーツはどうあるべきか。SCIXでは創設以来、「スポーツで得られる知(=スポーツ・インテリジェンス)」を重視し、「身体+知」の育成こそが今後の課題と考えてきたが、それを改めて確認する意味も込めて、今回は、日本オリンピック委員会理事としてドーピング問題に取り組んでいる河野一郎氏(日本ラグビー協会理事)と、スポーツの進むべき方向性について語り合った。

平 尾河野先生は日本アンチ・ドーピング機構(JADA)の理事長でもあり、ドーピング問題に尽力されていますが、昨年のアテネ・オリンピックでは、ドーピング検査が厳しくなったことから、史上最高の24名という違反者が摘発されました。それによって日本は、予想以上のメダルを獲得できたという見方もできます。
先生ご自身は、アテネ・オリンピックでのドーピング問題について、どのようにお考えですか。

河 野
ドーピング問題に関して言うと、ハンマー投げのアドリアン・アヌシュ選手(ハンガリー)の失格によって室伏(広治)選手が金メダルを取ったということが、メディアではクローズアップされましたね。確かに、ストーリーとしてはたいへんおもしろいのですが、それは今回のアテネ・オリンピックのドーピング問題では、ごく一部のことにすぎません。つまり、違反者を摘発したということがすべてではない。日本ではあまり報道されていませんでしたが、むしろ、疑わしい選手がオリンピックに参加できなかったということの方が大きかったと認識しています。

平 尾なるほど、未然に防いだということですね。

河 野そうなんです。その背景にあるものは何かというと、「スポーツがスポーツ界のものだけではない」ということが、明らかになったことにあります。たとえば、アヌシュ選手の例で言えば、従来とはまったく異なるドーピング検査が行われるようになりました。つまり、彼がオリンピックの選手村から出てブダペスト(ハンガリー)に帰ってからでも、ハンガリーの機関を通して検査をすることが可能になった。これは従来のオリンピックを含めた国際大会のドーピング検査では、考えられなかったことです。

平 尾確かに、そうですね。これまでのドーピング検査では、大会を終えて帰国した選手に追検査をするということは、ありませんでしたね。

河 野しかも、これがヨーロッパだけではなく、アジアであってもアフリカであっても、どこの国でもドーピング疑惑のかかる選手がいるのであれば、アヌシュ選手と同じように検査ができる。つまり、国際的ネットワークが、ほぼ完成しつつあるということです。その部分は、日本のメディアはあまり掘り起こしていませんが、今回のドーピング問題では非常に重要な点だったと思っています。

 

●プロフィール
河野一郎(こうの いちろう):筑波大学大学院教授
1946年、東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。日本オリンピック委員会理事。日本ラグビーフットボール協会理事。前日本ラグビーフットボール協会強化推進本部長。日本アンチ・ドーピング機構理事長。


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