SCIX 20th AnniversaryVol.5


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SCIX創設20周年WEB連載企画
―それぞれのSTORY―

竹内 佳乃(たけうち よしの)さん

三重ホンダヒート アナリスト
1996年兵庫県神戸市出身

「ラグビーに関わる仕事がしたい」―。父親が申し込んだ女子セブンズの「アカデミーセレクション」を突破、五輪種目になった女子セブンズの代表選手を目指して歩み始めた女子高生は、やがて大学への進路で選手ではなく、選手を支える道を選択。さらに見聞を広めるため留学したNZでアナリストという職業があることを知ると、「0から」の猛勉強で今はリーグワン唯一の日本人女性アナリスとして「三重ホンダヒート」の分析部門を支える。

父親が勝手に申し込んだブロックアカデミー

女子ラグビーが五輪種目として採用されることになったのが、私が高校1年生の時です。ちょうどその年(2011年)に、SCIXが近畿地区で女子ラグビー選手の発掘育成をする「セブンズブロックアカデミー」パートナークラブに選ばれて、その第1回目のセレクションの募集があったんです。それに父が勝手に申し込んだのがラグビーを始めたきっかけです。

家族には誰もラグビー経験者はいません。ただ、スポーツ観戦全般が好きで、両親はラグビーがとても流行っていた世代なので、好きでよく観ていたそうです。

また、父の元同僚に、女子ラグビーの大会運営に携わっている方がいて、ずっとその方に「ラグビーやればいいのに」と言われていたので、それもラグビーを始めた大きな要因だと思います。

ブロックアカデミー募集の件は父が新聞で見つけたんですけど、その方の存在があったので女子ラグビーに入っていきやすかったんだと思います。

運動自体は好きで、それまでもバレーボールや水泳をしていました。中学の3年間はバレーボールに打ち込んでいたんですけど、高校に入ってからは部活もせずブラブラしていたので、何か熱中できるものをということで、両親が勧めてくれたんだと思います。

「ノーサイドの精神」に魅力を感じた

私は負けず嫌いなので、そういう性格にはネットスポーツよりもコンタクトスポーツが向いていたのか、少なくとも私にはバレーボールからラグビーへの転向は合っていたと思います。コンタクトが怖いとか、そういった抵抗感は最初からなかったですから。

SCIXでラグビーを始めて、その後高校のラグビー部にも入って男子と一緒に練習をするようになったんですけど、それでも怖さのようなものはありませんでした。

それより、高校のラグビー部に入ることになり顧問の先生に挨拶に行った時に、「ラグビーは紳士のスポーツ」だとか「ノーサイドの精神」だとか、ラグビーの基本を教えていただいたんですが、それがすごくいい話だなと思いました。その後、実際にラグビーの練習試合や公式戦を体験する中で、試合後にチームメイトが相手チームの選手と仲良く話してる姿を見て、「バレーボールをやってた時には、こんなことはなかったな・・・」と思って。それがすごく魅力的でしたね。

19−19の同点でキックミス。あの時のことは今でも忘れられない

SCIX女子ラグビークラブでは、熊谷ラグビー場で開催された、全国高校選抜女子セブンズ大会には第1回大会から参加させてもらいました。第1回目の時は、プレートの部で優勝をさせてもらったんですが、第2回大会では最後の試合で、19−19の同点から、このキックが決まれば逆転というシーンで、私が簡単な位置のコンバージョンキックをミスしてしまって・・・。あの時は大泣きしましたね(笑)。

今思えば、もっとこうすればうまくいったのにというのはあるんですけど、当時はただただ自分の感覚だけでやってましたから、落ち着いてこう蹴ろうとかいうのはなかったですね。あの時のことは今でも忘れられません。

トレーナーを目指し進学した立命館大学 スポーツ健康科学部

SCIX卒部後は大学受験をして立命館大学(びわこ くさつキャンパス)スポーツ健康科学部に進学しました。当時、立命には女子のラグビー部はなくて、男子ラグビー部にも女子部員はいませんでした。関学(関西学院大学)や同志社(同志社大学)には、男子ラグビー部でプレーをしている女子選手もいたので、そういう道もあると検討はしていましたが、結果として、選手ではなくトレーナーとしてラグビー部に入部しました。立命館のスポーツ健康科学部ではアメリカのアスレティックトレーナーの資格取得を目指すプログラムがあるんです。当時はトレーナーを目指して、その学部に入学したので、ラグビー部でもスタッフとして活動していました。

「ラグビーに関われる仕事がしたい!」と本場NZへ留学

当時もラグビーに関われる仕事として、アナリストという職業があるのは知っていました。ただ、あまり身近な存在ではなくて、ラグビーに関わるならトレーナーの方がいいかな〜と、なんとなく思っていました。ただ、将来の道を絞り込んで行く過程では、「ラグビー関係の仕事がしたい」「裏方ではなくてグラウンドに立てる、現場に立てる仕事がいい」「試合に絡む仕事がいい」といった条件は自分の中にあって、それなら一度、どんな仕事があるか自分の目で確かめてみようと、ラグビーの本場であるニュージーランドへ留学しました。

Honda HEAT(現 三重ホンダヒート)ヘッドコーチと奇跡の出会い

ニュージーランドで見学に行ったチームに、当時のHonda HEATのヘッドコーチも来られていたんです。日本だったら恐れ多くて話しかけられなかったと思うんですけど、海外特有の雰囲気もあって思い切って声をかけました。「ラグビーに関わる仕事をしたいと思っています!」と相談したら、アナリストのポジションを紹介してくださって、「インターンでよければ勉強しに来たら」と言ってもらえました。

アナリストについては、最初は本当に何の知識もなくて。当時(2016年ごろ)Honda HEATにいらしたアナリストの小柳竜太さん(現・愛知学院大学ラグビー部HC)から1からではなく、0から教えていただいた感じです。当時はまだ今のような分析ソフトがなかったので、自分で試合や練習の映像を見て、必要なデータを書き出して、それを直接エクセルに打ち込んで・・・というようにやっていました(笑)。

ニュージーランドでの留学期間は5週間程度でしたが、そこでHonda HEATのヘッドコーチに出会って、アナリストのお話をしていただいてなんて、本当に巡り合わせですよね。

どんなにしんどくても好きだから頑張れる。これぞ天職!

試合後の分析は夜遅くまでかかることもありますけど、それでもアナリストの仕事は楽しいです。どんなにしんどくても、好きだから頑張れる。「これが私の天職かな!」っていう感覚がありますね。

試合が終わって、勝った後に、「(戦略が)ハマったね〜!」って言いながらコーチやスタッフとハイタッチする瞬間は本当にたまらないですね。もちろん負けもありますけど、そういう「心を動かされる瞬間」というか、一般の人にとっては週末のエンターテイメントになっている部分を、本気で仕事としてできているところが特別な職業だなって思います。この醍醐味を一度知ってしまったら、オフィスワークは自分にはできないだろうな〜って思ったりしますね(笑)。

データだけでなくコーチの真意を読み解く、それがアナリスト

アナリストという職業について簡潔に説明すると、データや数字を使って勝利に導くというのがアナリストの仕事だと思います。ただ、それだけでは私としてはしっくりこないんですよね。というのは、アナリストが仕事として向き合うのはコーチなので、そのコーチが何を求めているのか、それを読み解く能力がないとアナリストは務まらない。コーチの方針によって求められるものも変わってくるので、その真意を読み解き、データを収集し、それをわかりやすく伝えるという三段階の作業を通して、どれだけコーチに貢献できるか。それができて初めて、コーチに対しての役割を果たしているということが言えるのではと思っています。

その中で最も重要と感じているのは、読み解く段階でのしっかりとしたコミュニケーションだと思っています。それを怠ると、必要とされていない数字やデータに時間を費やした挙句、「いや、それは今求めてないし」と言われてしまうことにもなる。

その一方で、求められているものを適切なタイミングで出せれば、コーチにとっても、チームにとっても、何倍もの価値があるものになる。ですから、求められているものをいかに的確に認識して、提供するか。そのためには、その過程におけるコミュニケーション能力が、アナリストには大事になってくると思っています。

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人間観察が癖。分析は性に合っている

私は出身が神戸なので、FWコーチの伊藤鐘史さん(元神戸製鋼コベルコスティーラーズ)や関西出身の方と話している時は、ものすごく関西弁が出るみたいなんですけど、それ以外の人と話す時は、関西弁はほとんど出ないんです。自己分析してみると、多分、私自身が無意識のうちに相手に合わせてしまう傾向があるんだと思います。もともと人間観察をする癖があるので、知らないうちにミラーリングをしているのかもしれないですね。この人がどういうことを考えているのか、つい読み取ろうとしてしまう。好きなんでしょうね、そういうのが(笑)。

一緒に分析をしているアナリストの山口真澄さんとも、よくこういう話をするんですけど、その度に、「とことん分析は自分の性に合っているんだな」と思います。1つ1つのプレーを細かく評価していく作業も苦にならないですしね。

アナリストの存在意義やデータの使い方について選手に指導

チームには、いろんな国籍やキャリアを持った選手がいます。そんな中で、代表経験のある選手というのは、映像を見る習慣は身についていると言えますね。ただ、スタッツや数字の話をしだすと、それを聞いて納得する選手もいれば、「ふ〜ん、あっそ!」というリアクションの選手もいてまちまちです(笑)。

「80分間の試合中に、その分析に基づいて選手がプレーできるのなんて限られてるでしょう?」と言われたこともあります。「確かにそうだな」とも思うので、そういう選手にはどういうアプローチをすればいいんだろう?と考えて、その選手が求めている数字をしっかり出しながら、数字はさらっとだけ伝えるとか、個々の選手に合わせてアプローチを変えています。

海外の選手に比べれば、日本人選手は数字を気にしていますし、データは好きだと思います。その辺りの教育もアナリストがすべきことなんだろうなと常々感じています。なので、ホンダでは、チームミーティングの前にアナリストがスピーチする時間をもらったり、新人選手には何のためにチームにアナリストがいて、分析したデータをどのように使ってもらうのかという話を、選手教育の一環として行っています。

目指すはハイブリッド型アナリスト

経験豊富なベテランアナリストはコーチと同じくらい知識も多く、指導ができるレベルの人たちも多いんです。その一方で、最近のアナリストはテクノロジーが発展していることもあって、あらゆるソフトを活用して、効率よくデータ分析するテクノロジーに強いタイプのアナリストも増えてきました。私はハイブリッド型というか、両方の良いところをとって、バランスをとってやりたいという想いがあります。今の自分の課題は、データを収集する段階で、どれだけ幅広いツールを使えるかというところですね。そこは尽きない部分です。

それと、今やアナリストは、映像やデータの収集さえできれば、どこに住んでいてもやっていける職業ではあるので、将来を見越して英語もずっと勉強しています。両親が外資系企業に勤めていたこともあって、二人とも英語ができて、その姿に子どもの頃から憧れていたので、英語は学生時代から真面目に勉強しています。今も、チームには通訳の方がいて、チームミーティングには必ず入られるんですが、そんな場面でもコーチの話は自分で理解するようにして、質問されたらどう答えるかな?とか考えながら参加しています。

ラグビー界唯一の日本人女性アナリスト

日本のラグビー界では、現状、日本人の女性アナリストは私一人なんですが、三菱重工相模原ダイナボアーズにはニュージーランド出身のJesseca Souchon(ジェシカ・スーチョン)という方がいます。アナリストをする中で、個人的には「性別なんて関係ないのに」と思っています。私はただただ自分の道を進んできたら、ここにいたという感じなので(笑)。女性アナリストは珍しいので、ラグビー界でもいろんな皆さんに話しかけてもらえるので、人間関係が築きやすいメリットはあると思いますが、デメリットというのは特に感じたことはありません。基本的に仕事は、男女差よりも個体差だと私は思っています。よく「女性の方が仕事は丁寧だ」と言われますが、男性でも丁寧な仕事をする方はいらっしゃいますし、「女性の方が良く気が利く」とも思われがちですが、私は全然気が利くタイプではないですし(笑)。

いずれにしても男女問わず、アナリスト界に新しい方が増えてくれると嬉しいですね。

2022ラグビーW杯女子日本代表アナリストとして帯同

JRFA(日本ラグビー協会)がアナリストのインターンをとったり、育成などに力を入れたりするのであれば、私はいくらでも協力していきたいなと思っています。特に、女子ラグビーに還元したい気持ちは強く持っています。そして、高校や大学卒業後もラグビーに関わってくれる女性がどんどん増えてくれると良いなと思っています。

今回、15人制の女子ラグビー日本代表に関わることができたのも、2年前に三重パールズと三重Honda HEATで合同練習をする機会があって、久々に女子選手がラグビーをする姿を生で見たのがきっかけでした。合同練習を見ながら「女子ラグビーのおかげで、今の私がいるんだな〜」と感じて。それで「私に何かできることないですか?」と女子の代表チームに声をかけさせてもらったんです。女子の代表チームにアナリストがいないというのは知っていましたので。最終的に昨年の「2022ラグビーW杯ニュージーランド大会」まで帯同させていただきました。

※2022大会はコロナ禍のため開催が1年延期になった。

ラグビー人生の原点はSCIX。SCIXと女子ラグビーへの想い

私が初めてラグビーボールに触れたのは灘浜のグラウンドだったので、あそこが私のラグビー人生の原点です。ですから、地域への愛と、SCIXへの愛は熱いですし、SCIXや女子ラグビーに貢献したい想いが強くあります。「自分に何かできるんじゃないかな?」って思っています。

SCIXでプレーしていた当時は気付いてなかったんですが、外に出て(SCIXを卒業して)、しかも今回インタビューしていただけるということになって、過去のインタビュー記事を拝読して改めてSCIXの良さに気付きました。

ラグビーをやる上で、「能力のある人が強豪校でやる」というのも選択肢の1つだとは思いますが、SCIXはそうじゃない人たちがたくさん集まっているのに、それでも結果を出している。

高校生の部は、通っている学校は違うし、部活じゃないから週に2回しか練習しない。一般の部は、職場は全員バラバラで、しかも練習は週に1回、土曜日しかしていない。そんなチームが、けど強いって、すごいかっこいいじゃないですか(笑)。

いったい、「どこにそんな秘密があるの?」「選手はみんな、どんな絵(統一したプレーのイメージ)を描いて練習しているの?」って。そういうところがすごい魅力だなって改めて思いました。

実は、高校卒業後の進路を決める時、私も選手を続けるかどうかいろいろと悩んだんです。当時も女子ラグビー部のある大学があったので、そこへ進んで選手としてラグビーを続けるという選択肢もあったんですが、その時私がそこを選ばなかった理由は、すでに完成されている組織に入らなくても高みを目指せるということをSCIXで身を以って学ばせてもらったからだと思っています。そういう意味でも、灘浜でラグビーを経験させてもらったことは大きいですね。

「女の子だから無理」むしろそこにャレンジしたい

私がラグビーに関わる仕事に就いたのは、両親が「なんでもやってみたら」と背中を押してくれるタイプだったのも大きかったと思います。SCIX卒部後の進路や、ニュージーランドへの留学も、両親から制限されたことはありません。周りの友人が就活をして進路が決まっていく中で、私はインターンとしてアナリストの勉強にどっぷり浸かっていた。それでも何も言わず見守ってくれた両親には本当に感謝しています。そのお陰で、ダメなことを考えて足を止めるより、パッと動く、とりあえずやってみるっていう姿勢が身についたんだと思います。新しいことを始める時に、不安とかはあんまりなくて、そういうことを考えずに、まず動いてきた人生です。

人と同じことが嫌っていう天邪鬼なところもあるんだと思います(笑)。それよりも、女の子だから無理とか、女性だからだめとか、そういった先入観や固定観念に立ち向かっていく、チャレンジしたいという想いが強いのかもしれません。だからアナリストの道にも進んでこれたんだと思います。

今もグラウンドへの往復には、大学時代に父にお願いして譲ってもらったホンダのMAGNA50(1995年発売)というバイクを愛用しています。ちょっとケアには手がかかりますけど(笑)、今も大事な愛車です。父は元々ホンダユーザーで、ホンダファン。でも、私がMAGNA50に乗って三重ホンダヒートのグラウンドに通っているのは、ほんとにたまたま。

ラグビーと一緒でこれも巡りあわせですね(笑)。

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インタビュー・文/中野里美