最近ではビジネスの世界でも、人材育成プログラムのスキルとして注目を集めている「コーチング」。本来は競技スポーツの世界で、選手育成の手段として語られてきた概念だが、競技スポーツの世界では個々の競技に携わる指導者が、自らの体験に基づいてまとめたコーチング論は多数見受けられても、競技種目を超えた人材育成のスキルとして体系的にまとめられたものが少ないのが現状だ。そこでSCIXでは、スポーツは「人々の生活や地域社会を豊かにする重要な文化」という発足以来の理念から、「コーチング」を人を導き、人を育てる社会的な営みと位置付け、スポーツの現場に携わる方々はもちろんのこと、教育、ビジネスなど幅広く人事育成の現場に携わる方々と「コーチングとは何か」を論じ合って行けたらと考えています。その題材として今回は、仙台大助教授でコーチング学やスポーツ情報戦略などを専門に取り組まれている勝田隆氏の『知的コーチングのすすめ〜頂点を目指す競技者育成の鍵』を取り上げ、同氏の考える「コーチング論」を伺いながら、その本質に迫ってみたいと思います。

では、さっそく『知的コーチングのすすめ』の詳しい内容について、おうかがいしたいと思います。この本は全5章から成り立っていますが、第1章では「コーチング哲学を考える鍵」というタイトルがついていますね。

勝 田はい。第1章では「コーチングの哲学」を考えていきます。簡単に言えば「コーチって何?」「どんな役割があるの?」ということ。裏返せば、「コーチが必要ないときもあるでしょう?」という疑問も成り立ちます。つまり、コーチというのは「誰のために、何のために存在するものなのか」ということを考える材料を提供しようと思ったわけです。そして、この本を読んでくださる皆さんには、このテーマについてじっくりと考えていただきたいですね。

第1章の冒頭では、「失敗をおそれない精神」ということで、「幹となる資質から育てよ」と書いていらっしゃいますね。

勝 田この本の中で「幹」という言葉はたくさん出てきているのですが、「幹」となるものをしっかり育てれば、枝葉もたくさんでてくるし、いろんな実がなってきます。だから、「まず、太い幹を作りましょう」ということです。では、「競技者の幹」とはどんなものなのか。それを考えると「コーチとは何?」というテーマが入ってくる。さらに考えを進めると、「スポーツとは何?」という疑問も出てくるわけです。
 もともと、“スポーツ”という言葉の語源であるラテン語の「デポルターレ(deportare)」は、「真面目な仕事から一時的に離れる」という意味を持っています。つまり、スポーツとは「非日常」的なことなんですね。日常生活の中での失敗は許されないことが多いし、そのミスが招く結果が取り返しのつかないものになったりする。でも、非日常的なスポーツならば、ミスや失敗も許されるから、冒険ができる。その冒険のおもしろさが、そこに存在しているわけです。

スポーツの本質には、冒険をするおもしろさがあるということですね。

勝 田そうですね。スポーツで大事なのは、自分自身が楽しもうとしたり、もっと挑戦しようと思ったり、向上しようとすることだと思いますが、そういうときに「幹」となるのが「建設的に冒険すること」なのではないでしょうか。勝つことにこだわりすぎたり、あるいは結果を出そうとするがあまりに冒険を否定してしまったら、スポーツの一番おもしろいところを奪ってしまうことになる。だから、「冒険を楽しめる」「冒険することを躊躇しない」ということが、スポーツに関わる人の「幹」になるのだろうと考えているわけです。コーチにとっては「冒険を保障できる」「冒険する機会を与えられる」かどうかが、非常に大事なことになってきます。

 

 
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