玉木 今、言った「スポーツマンは従順であれ」という間違った思想は、実は世の中にも蔓延している。たとえば、麻薬撲滅とか交通安全を訴えるキャンペーンには、必ずスポーツマンが起用されるよね。あれは、スポーツマンはルールを守る象徴という前提がすでにできていることの証拠だし、スポーツマンを起用することでさらにその前提は確かなものになっていく、というわけだね。
平尾 そういえば、僕も以前、「危険物取り扱い」のポスターに起用されたことがありますよ(笑)。
玉木 アハハハ、危険物取り扱いっていうのは、いいねぇ。
平尾 僕自身が、危険物やっていうのに(笑)。確か、そのポスターも「取り扱いのルールを守りましょう」というものでしたよ。
玉木 でも実は、スポーツマンというのは「ルールを守る」のではなくて、「ルールを作る」んですよ。たとえば野球には、内野ゴロの打球にランナーがぶつかったら、そのゴロを打ったバッターはアウトになるというルールがある。これは、内野ゴロを打ったバッターが一塁でセーフになるようにと、ランナーがわざと打球にぶつかるプレーをしたから、そういうルールができたわけです。このように、スポーツというのプレーする側がルールの不備をついたプレーをすることによって、どんどんと新たなルールが作られてきた。だから、本当のスポーツマンというのは、ただルールを守りましょうというだけの従順な存在ではないはずなんですよ。
平尾 そうなんです。たとえば、ラグビーではルールのことを英語で「ロー(Law)」と表現するんです。
玉木 “法律”ってことやね。
平尾 そうです。で、最近はあまり使わなくなりましたが、ニュージーランドがずば抜けて強かったときに、彼らのことを「ローブレーカー(Law Breaker)」と呼んでいたんですよ。
玉木 ほう。
平尾 それは、ルールを守らないということではなくて、新しくルールを作らないと彼らを抑えることができないという意味で使われていたんです。それほど、ものすごい技術的な進歩をしていたからなんです。もちろん、ラグビーが競技としてまだ十分に成熟していないという側面もありますが、そこをついていくインテリジェンスを彼らは持っていたということなんです。
玉木 「ローブレーカー」というのは初めて聞いたけど、いい言葉やね。
平尾:この言葉はイングランドで使われ出したんです。彼らは「ローブレーカー」という言葉に悪意のようなものを込めていたのかもしれませんが、一方ではものすごいほめ言葉でもあったと僕は思っています。
平尾 この言葉はイングランドで使われ出したんです。彼らは「ローブレーカー」という言葉に悪意のようなものを込めていたのかもしれませんが、一方ではものすごいほめ言葉でもあったと僕は思っています。
玉木 なるほど。
平尾 そういう意味でこれからは、これまでのルールを変えなければ試合が成り立たないというくらいすごいプレーを編み出していくことが必要で、そんなプレーのできる選手が“いいスポーツマン”ということになるでしょうね。
玉木 今のルールを変えるという話で触れると、日本人はそもそもルールを条文として輸入した経緯があるから、日本から世界へルールを変えようという発信をすることがほとんどない。
平尾 ないんです。それはものすごく弱いところですね。
玉木 最近、唯一日本から発信したルールが、JリーグのVゴール。あれは、前回ワールドカップではゴールデンゴールという名前で採用された。
平尾 そう言われてみると、そうですね。
玉木 でも、PRがヘタだから、あれが日本製であることを知らない人は意外に多い(笑)。もっと「あれは日本が発案したルールなんだ」ということを言わないと。日本が最初に使ったルールがワールドカップでも使われるようになったと聞けば、少しは「自分たちは創造的な民族なんだ」と思えるようになる。たとえ一つでも日本人の創造性が光るものがあるなら、それを主張することでまたルールを発信しようという意欲をかき立てられるはずなんですよ。
平尾 そうなんですよ。ルールというのは実はものすごく重要で、内容が少し変わることによって、プレーの質そのものが変化したりするわけですから。日本人の場合は、体格的にあまり大きくないというハンディキャップを抱えているわけですから、逆に体の小ささを生かすようなルールはないだろうかという視点を持って、新しいルールを提案していかないと、国際的な競争ではますます苦しくなると思いますね。
玉木 そういう視点は、大事ですよ。
<<つづく>>
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