『オーケストラの鼓動』というビデオがある。客演で招かれた指揮者が、2〜3日という短い時間でコンサートに向けてオーケストラを仕上げていく過程が描かれている。自分が表現したいことをどう伝え、個性溢れるオーケストラのメンバーをどうまとめていくのか。チーム作りをしてきた私にとって、とても興味深い内容だった。そのビデオで見事なリーダーシップを発揮していたのが、佐渡裕氏。現在はフランスとイタリアを中心に、海外で活躍をしている日本を代表する指揮者である。今回は、氏とともに日本と欧米との相違、個性派集団をまとめる統率力などについて、音楽とスポーツというお互いの立場から意見を交わした。

平尾オーケストラは100人ぐらいの集団ということですが、それぞれの音楽家にも個があって、それぞれに演奏する曲の解釈があるわけですよね。そういう中で、その解釈が佐渡さんのイメージと微妙にずれてしまうという場合もあると思うんですが・・・。

佐渡それはありますね。でも、それはそれでいいと思ってます。たとえば「ビーフシチュー」という料理を一つとっても、国によって、あるいは人によって持つイメージは異なりますよね。そのビーフシチューを作ろうというときにも、神戸牛のいい肉しか使わない人もいれば、脂身のまったくない肉を用意する人だっている。玉ねぎも大きくて甘い玉ねぎがあればいいけど、小さくて辛いものしかないこともあるでしょう。だから、出来上がるビーフシチューは、どこの国で作ったのか誰と作ったのかによって、まったく違ったものになってくる。音楽の場合も、僕はそれでいいと思っているんです。

平尾オーケストラ全員が、むりやり解釈を一致させる必要はないと。

佐渡はい、そう思っています。もしかしたら平尾さんと意見が異なるところかも知れませんが、日本人は団体や組織になるとすばらしくて、欧米は個人個人が非常に優れているとよく言われますが、僕はそんなことはないのではと最近思っているんです。なぜなら、ヨーロッパのオーケストラで指揮をするときのほうが、こういう音楽がやりたいというビジョンを立てて「これで、行こう!」となったら、みんなが同じ方向へ進むんです。

平尾目指すところさえハッキリすれば、一つにまとまる力は日本人以上かも知れないということですか。

佐渡そうですね。ただ、個人を見ると、ものすごくめちゃくちゃな人もいますよ(笑)。たとえば、あるフルート奏者はいわゆる天才なんですが、オーケストラの練習の時にも寝ぼけた顔をして時間ギリギリにやってくるようなルーズな面がある。あらかじめ個人練習なんてしてこないから、曲の構成も頭に入っていない。彼が吹かなければいけないところで吹かないなんていうことはしょっちゅうです。おまけに、酒に酔って警察のやっかいになるようなこともしてしまう。だから、オーケストラのメンバーからは「あいつは、しょうがないな」と思われているんですが、いい演奏会のときにはいつもその彼が先頭に立ってみんなを引っ張っているんです。

平尾普段はただの酔っ払いなのに、ここぞというときには素晴らしい演奏をしてみんなをリードするわけですね(笑)。

佐渡そうなんですよ。

平尾そういう姿は、日本ではあまり見られないことですね。。

佐渡ヨーロッパでも多いタイプではありませんけどね(笑)。

平尾そうでしょうね(笑)。

佐渡もちろん、ヨーロッパのオーケストラにも「そんなの、違うだろう」と自分の主張を曲げない楽団員がいないわけではないんですが、だいたいにおいてまとまります。だから、演奏会をやっていても、非常に団体としての満足感がありますね。

 

●プロフィール
佐渡 裕(さど ゆたか):1961年5月13日、京都市生まれ。ピアノ教師だった母親の影響から3才でピアノ、小学生からはフルートを始める。京都市立芸術大学ではフルートを専攻するが、指揮者への夢を追いかけて在学中からアマチュアオーケストラの指揮をこなす。87年、タングルウッド音楽祭で小澤征爾に見出され、レナード・バーンスタインのレッスンを受ける。89年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。翌年、新日本フィルハーモニー交響楽団との演奏会で、プロの指揮者としてのデビューする。93年からパリのコンセール・ラムルー管弦楽団の主席指揮者を、99年からはジュゼッペ・ヴェルディ・ミラノ交響楽団の主席客演指揮者を務めている。日本では子どもたちへの音楽教育プログラムなどを積極的に行っている。また、今年は6〜7月にかけて恩師レナード・バーンスタインの不朽の名作「キャンディード」の公演を東京・愛知・大阪で行う。最新CDは『サティ作品集・ジムノベディ』(ワーナーミュージック・ジャパン)、著書に『僕はいかにして指揮者になったのか』(はまの出版)がある。

 

 
 
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