これまで成長し続けてきた日本社会が、現在は右肩下がりという状況を迎えている。そうした時代に、スポーツに寄せられる期待、担うべき役割も大きく変わりつつある。スポーツNPO「SCIX」では、スポーツを通じた新しい形での人材の育成を目指しているが、実際には試行錯誤の連続である。今回は大学教育の現場で、いち早く改革に取り組み、実績を残してこられた名古屋大学・松尾稔氏に、この時代に求められる人材育成について、また、その中で大学やスポーツの果たす役割について伺ってみた

松 尾大学の歴史をごく簡単に振り返ってみると、まず明治時代に学制が発布され、エリート養成ということで東大などが開学されました。これが、第一の変革期です。そして、昭和20年に敗戦迎えるとアメリカ占領下で新制大学が作られ、エリート養成という狭い意味合いから次第に大衆化し、大学自体もユニバーサル化してきました。これが第二の変革期です。現在は、第三の変革期を迎えているんです。これが始まったのが、かれこれ20年ぐらい前のことで、昭和59年に「臨時教育審議会」が発足しました。そこで初めて出てきたキーワードが、「大学の個性化」「多様化」「弾力化」なんです。それ以降、教育問題の諮問・答申がいくつ出たか数えきれない。そのどれにも、三つのキーワードが入っています。にもかかわらず、みんなスモール東大、ミニ京大を目指して、多様化・個性化が全然なされていない。私は国立大学のことしか知りませんので、国立大学の話しかできませんが、すべてが画一化・均一化している。それが一種の閉塞感を生んできているわけですよ。今度、行われる法人格の取得について、ひどい政策だと国を批判する人もいますが、これは外圧でもなんでもない。僕は千載一遇のチャンスだと思います。今度こそ、個性化を図らないと、大学は生き残っていけないんです。

平 尾なるほど、おっしゃるとおりですね。ところで、名古屋にある国立大学として、担っていかなければならないこともあるかと思うのですが。

松 尾「大学は国際公共財だ」というのが、私の昔からの考え方です。だから、外国人も日本人も、なんの差別もなく入れるもであるべきだと思ってます。その中で、国立のような大学は世界屈指の研究成果を挙げ続けないといけない責任が、一つありますね。そのために、一口では説明できないけれど、さまざまな施策をやっています。
それからもう一つは、勇気ある知識人の育成ということですね。これは、言うほどには簡単ではありません。つまり、「研究も、教育も」というように欲張っているわけですよ。

平 尾つまり、専門的な知識だけでなく一般的な教養も備わった、バランスのとれた人間の育成ということですね。

松 尾そうなんです。たとえば、21世紀の中核を占める分野といえば、生命科学になるかと思いますが、これを医者だけに任せておいていいですか? 僕は嫌ですよ。DNAをやってるからといって、医学部だけに任せておくなんてかなわん。物理面では理学部も関係するし、バイオとなれば農学部。さらに、哲学や法律、倫理も無視することはできません。そう考えると、理系だけで持っていける技術なんてありません。つまり、総合的な教養を身につけた上で専門を掘り下げていく、そういう人を育てていかなければならないと思っています。

 

●プロフィール
松尾 稔(まつお みのる):1936年7月4日 京都府出身。1962年、京都大学大学院工学研究科博士課程修了。65年には京都大学工学部助教授に、78年より名古屋大学教授となり、工学部長を経て98年には総長に就任。土木学会会長、日本学術会議会員、国立大学協会副会長などを歴任。著書に『21世紀建設産業はどう変わるか』(楽友地盤研究会)、『地盤工学―信頼性設計の理念と実際』(技報堂出版)など。

 

 
 
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