昨年のアテネ・オリンピックで議論を呼んだ「ドーピング問題」は、これまでの記録重視のスポーツのあり方に大きな警鐘を鳴らしたといえるだろう。オリンピックが今後、「より健全なアスリートが、健全な肉体をもって競技や記録を競う場」に進むとすれば、私たちの身近にあるスポーツはどうあるべきか。SCIXでは創設以来、「スポーツで得られる知(=スポーツ・インテリジェンス)」を重視し、「身体+知」の育成こそが今後の課題と考えてきたが、それを改めて確認する意味も込めて、今回は、日本オリンピック委員会理事としてドーピング問題に取り組んでいる河野一郎氏(日本ラグビー協会理事)と、スポーツの進むべき方向性について語り合った。

河 野これまでドーピングといえば、筋力増強剤などのように競技力を上げるために用いられる薬のことが念頭にあったと思いますが、実はスポーツ界でもドーピング検査によって大麻や麻薬などの薬物による陽性反応が出るケースもあるんです。

平 尾それは、競技力を上げるためでなく日常的に薬物を使用している選手もいるということですか? ドーピング検査を受けるのだから、その種目でもトップレベルの選手ということになると思いますが…。

河 野
そうなんです。実は大麻などには、疲れを紛らわすとか、恐怖心を軽くするといった作用もあります。海外の選手の中には、選手として成功しなければ、ほかに生活の手段がないというせっぱ詰まった中で競技をしている選手も少なくないんです。そのプレッシャーたるや相当なもので、そういった中で薬物に手を出してしまうということがあるんです。日本ではどんなに不況の時代とはいえ、選手として成功しなくても、どうにか生活は成り立ちますが、そうはいかないところもある。そうした現実もスポーツ界にはあるんです。ですから、これからは「プレイヤーズ・ユニオン」というような、各競技の選手会のような組織が、自分たちで規律を守っていく姿勢が重要になってくると思います。

平 尾選手会の中で自分たちで規律を作り、その中でドーピング問題も含めてしっかりとした秩序を保ちながら、一方ではそうした選手の置かれている状況を改善していく働きかけが大切だというわけですね。

河 野そういうことですね。例えばラグビーの場合は、海外の選手の中には所属するクラブチーム、州代表、国の代表というように、常にチームの中心となって出場しなければいけない立場の選手が何人もいますね。そうすると国の代表の座が安泰ではないような選手は、どのレベルの代表チームにも顔を出さなければいけなくなり、休む時間がない。だから、プレイヤーズ・ユニオンが年間のうち一定期間をフルに休めるような体制を整えてくれと要求している国もあります。

平 尾日本はまだそこまでいっていませんが、いずれはそんな状況になるのかもしれませんね。

河 野平尾さんが代表監督をやられていた時も、かなり選手は忙しかったのではないですか?

平 尾そうですね。スケジュールが非常にタイトになって、選手は拘束されている時間が長くなりましたね。

河 野ちょうどシーズンが長くなったときで、パシフィックリムもあったときですよね。

平 尾それにワールドカップ(1999年、ウェールズ大会)が重なった年などは、選手はものすごく大変でした。

河 野選手の側からすると、協会のスケジュール通りに「拘束」されており、そこにはいつも「評価」が加わってくるわけです。日本ならその評価がなくても、生活していけるかもしれませんが、海外ではそうはいかないことが多いんですね。そのため、若手の有能な選手はいつも家を留守にしていて、離婚率が上がっているという状況も生まれています。

平 尾そういった環境面を整えていくことは、これからは大事ですね。

 

●プロフィール
河野一郎(こうの いちろう):筑波大学大学院教授
1946年、東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。日本オリンピック委員会理事。日本ラグビーフットボール協会理事。前日本ラグビーフットボール協会強化推進本部長。日本アンチ・ドーピング機構理事長。


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