SCIXコーチ対談 『SCIXラグビークラブが育んでいるもの』
SCIXを100年続くクラブチームにするために

司会:もう一つ大事なテーマとして、SCIXラグビークラブには「地域密着型スポーツクラブ」のモデルケースとしての役割がありますね。

muto&hirao平尾:クラブスポーツというのは、家庭や会社に続くコミュニティとして、それぞれが異業種の人たちと触れ合う場というふうに捉えています。我々社会人というのは、仕事に就いていると自分の活動範囲や人間関係が、どうしても会社中心のものになってしまいがちです。家庭を持つ人なら、日常生活が会社と家庭との往復になるのがほとんどではないでしょうか。もちろん、家庭や会社はなくてはならないものなのですが、もしそこに地域のクラブチームという居場所が加われば、生活に厚みが増すような気がするんですね。直接的な利害関係もなく、「ラグビー」という繋がりだけでワイワイと楽しむことができる。ラグビーだけでなくても他のスポーツだって同じことで、そうした中間共同体が私たちの心身に与える影響って大きいですよね。

武藤:そういう意味で、社会人のクラブチームというのは人間形成が進んで個人というものが確立されているわけですから、先ほど平尾君も言ってくれたように、たとえ練習に出られなかったり、ゲームに出られなかったりするチームメートがいても、全てを容認して、「ラグビーが好きな者同士が集まっているクラブなんだ」という認識を全員で共有することが大事だと思いますね。例えば「今年は仕事が忙しくてなかなか出られない」という選手がいても、「その間はほかのみんなでカバーするから、仕事が一段落したら戻ってこいよ」というように、誰もがいつでも自由に参加できるクラブの文化を作り上げなければいけないと思っています。そうした開かれたクラブチームを、今後も目指して行きたいと思っています。

司会:そうした地域に根ざし、開かれたスポーツクラブとして発展して行くために、これから取り組まなければいけない課題があるとすれば、どんな点でしょう。

武藤:平尾理事長はSCIX設立時から、「SCIXを100年続くクラブチームにしよう」ということをよく言っています。それは平尾理事長が、大学卒業と同時にイギリスに留学し、ロンドンのクラブチームで1年間プレーされた経験があり、そのとき体験されたイギリス型のクラブラグビーを理想とされているからです。イギリスのクラブチームには、国内のリーグ戦に出場するような選手で構成されたトップチームから、ラグビーを楽しみとしてやってるようなチームまで、さまざまなカテゴリーのチームがあって、クラブのメンバーはその中から、自分のレベルに合ったチームを選んで入り、誰もがラグビーを楽しむことができます。また、ゲームが終わった後はクラブハウスが交流の場となり、アフターマッチファンクションなどを通して、フレンドリーな人間関係を築く場にもなっています。幸いなことにSCIXも、グラウンドやクラブハウスなど環境面では恵まれていますので、これからはそうしたより多くの人たちが、クラブラグビーを楽しめるような場になっていければ思っています。

司会:そういう意味ではこれから、小学生から不惑の年代まで一緒になって楽しめるようなチーム構成にしていけば、海外のクラブチームに引けを取らないラグビークラブになると思うのですが。

平尾:その通りだと思います。ゲームのある週末は、家族みんなでグラウンドにやってきて、子どもは子どものチームでゲームをやって、その隣のグラウンドではお父さん同志がゲームをやる。ゲームが終わった後はクラブハウスに一同が集まって、家族を含めたみんなでバーベキューを楽しみながら交流する、というスタイルができると、海外のクラブチームのようになりますね。

muto武藤:実は何年か前に一度、SCIXでも小学生の部を作ろうと検討したことがあるんです。残念ながらそのときは、ジュニア世代を見るコーチ陣の体制が整わなくて断念した経緯があるのですが、そのあとから日本のラグビー界でも「トップリーグ」がスタートし、これに参加するチームは、ジュニア世代の育成を目的とした下部組織を持つことを、理念の一つとして掲げています。そういう意味では、SCIXの理事長を務める平尾さんが、コベルコスティーラーズの総監督兼GMに就いておられる今が、トップリーグの理念を具体化するという意味でもチャンスではないかと思っています。先ほど述べた指導体制についても、SCIX独自の資格制度を設け、そこで学んで資格を得た人にコーチになってもらうというようなことも、できるのではないかと思っています。これについては、ここにいる平尾君が、この4月から「神戸親和女子大学」に新設される「ジュニア・スポーツ教育学科」でジュニア世代の心身の健全な発育に、スポーツがどう関わっていくべきかをテーマとした授業を、大学講師として持つことになっていますので、そのキャリアをコーチ育成の場でも活かしてもらえれば、実技面だけでなくジュニア教育という知識面も備えた人材を育成できるのではないかと思っています。

平尾:そうですね。小学生の部を作るということになれば、ラグビーの経験を持った方だけでなく、児童教育に明るい方からのアドバイスを受けたり、また、指導にも直接加わってもらいたいですね。競技力の向上ばかりが優先されてきたジュニア・スポーツのあり方に一石を投じる意味でも、スポーツの持つ教育的価値の見直しには積極的になる必要があると思いますね。

武藤:それともうひとつ、小学生の部を作ることは、中学・高校でラグビーをやる子供たちを増やすことにもつながります。小学生でラグビーを面白いと思ってくれた子たちは、中学生になっても続けたいと思うでしょうから、ラグビー部のある私立中学やSCIXのようなクラブチームに所属し、そのままプレーを続けてくれるでしょう。さらにその先を目指す子は、高校から大学、社会人とラグビープレイヤーとしての道を歩んでくれるでしょう。そういったトップレベルの道は目指さなくても、クラブラグビーをずっとエンジョイしたいという子は、SCIXで大学・社会人からシニアの部でずっとラグビーを楽しむこともできる。そうなれば、自分のレベルに合わせてラグビーが楽しめるイギリス型のクラブラグビーがSCIXでも楽しめるようになります。「SCIXを100年続くクラブチームにしよう」という理想に向かって一歩踏み出すことができると思います。

「スペースボール」を教育の現場で普及させたい

司会:最後にSCIXで研究開発した「スペースボール」の普及について聞かせて下さい。このホームページでも紹介していますが、 03年には兵庫県下の小学校・高校の先生方と協力し、スペースボールを活用した授業も実施しています。また平尾コーチが「ジュニア・スポーツ教育」を学ばれている「神戸親和女子大学」とも連携し、児童教育の一環として取り上げていただくような働きかけも行なってきました。今後はどのような展開、普及の取り組みを考えておられるのでしょうか。

scixrugbyclub武藤:スペースボールというのは、サッカーやアメフト、ラグビー、バスケットボールといった、いわゆるゴール型球技に共通する大事な概念の一つである“スペース感覚”」を、ゲームをしながら楽しく身に付けようというもので、もともとオーストラリアで行なわれている「オージーボール」で練習メニューとして使われていたものをベースに、SCIXが独自のスタイルにアレンジしたものです。ラグビーボールより一回り小さな楕円球を使って、バスケットボールのように前後左右に、味方のいるスペースにボールを放ってパスをつなぎ、スペース感覚や判断力、コミュニケーション能力を養うボールゲームです。よくラグビーの「タグラグビーとどこが違うの?」という質問を受けるのですが、タグラグビーの場合はラグビーの基本動作である、ボールを持って走る、相手をかわす、パスをする、タックルするの中でも、日本人が不得手とするタックル感覚を、腰に下げたタグを取り合うゲームによって、小さいころから身に付けてもらおうと、ラグビー協会がラグビー普及の一環として力を入れているボールゲームです。いっぽう我々が取り組んでいる「スペースボール」は、ゴール型競技に共通するスペース感覚を、小さなころから養うことによって、ラグビーでもサッカーでもアメフツでも、それぞれの競技の中で生かせるという意味で、学校の体育の授業の中で取り上げてもらうなど、むしろ教育の現場での普及に軸足を置いているボールゲームです。こうした方向性を大切にしながら、今後も変わらずに取り組んでいきますので、「ぜひ、うちの学校でも」といった要請をいただければ、全国どこにでも出かけていく予定です。

平尾:実際に神戸親和女子大学の卒業生の方が勤務されている幼稚園からは、幼児の体育を考える取り組みの一環として、スペースボールを取り上げてみたいという声が挙がっています。SCIXが主管として実施している「フットボール・コーチングセミナー」に幼稚園の先生が足を運ばれ、幼児体育での実践方法について研究されている例もあります。そうした現場の方々と連携させていただき、スペースボールが子どもたちの身体の成長にどのような影響を与えるのか、学術的な見地からのアプローチにも、今後は取り組んでいければと思っています。取り組みの成果を発揮する場として「スペースボール大会」の開催なども面白いですよね。

muto&hirao武藤:そうやね。そういった大会も考えられるし、トップリーグのゲームの中でハーフタイムにトップ選手がスペースボールのデモンストレーショでもやってくれたら、子どもたちもゲームの面白さと同時に、スペース感覚がいかに大事かに気づいてもらえるかもしれないね。いずれにしてもSCIXは、スポーツを通して養われたり、身に付けることのできる判断力やコミュニケーション能力などの知的能力の認知・普及に取り組むことを理念としていますので、スペースボールの普及には力を入れていく予定です。

平尾:そうですね。これからも頑張りましょう。

司会:本日はお忙しい中、ありがとうございました。

《終わり》

[ SCIXラグビークラブ練習風景 PHOTO ALBUM ]

武藤武藤規夫(むとう・のりお)
1964年10月19日、宮崎県出身。延岡工業高校1年生でラグビーを始め、同志社大学を経て1988年神戸製鋼入社。89年のV2から、「ボールのあるところに武藤あり」と言われるほどに無尽蔵なスタミナを備えたFLとして活躍。94年のV7まで不動のレギュラーとして日本一に貢献する。2000年7月のSCIX設立時から事務局スタッフとして参加。SCIXラグビークラブのコーチを務める。
武藤平尾剛(ひらお・つよし)
1975年5月3日、大阪府出身。同志社香里中学校1年生でラグビーを始め、同志社香里高校、同志社大学、三菱自動車工業京都を経て99年神戸製鋼入社。鋭角なステップによる突破力を備えたWTB・FBとして活躍。2000年の社会人大会・日本選手権優勝、03年のトップリーグ優勝に貢献する。日本代表として99年の第4回W杯に出場、キャップ数は11。昨シーズンで現役を引退、SCIX事務局の運営に携わりながらラグビークラブのコーチを務める。
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