第5回『SCIXスポーツ・インテリジェンス講座』リポート 6月12日号
2003年の「第3回SCIXスポーツ・インテリジェンス講座」以来、3年ぶりに山口良治先生をお招きすることができました。実は前回の第4回でもご出演をお願いし、日程まで調整していただきましたが、その直後に入院されたため断念せざるを得ませんでした。また昨年度は総監督を務めておられる京都伏見工高ラグビー部が、わずかの差で日本一を逃したりとさまざまなことがありましたが、久しぶりにお会いする先生は相変わらずお元気で、その大きな背中は包容力にあふれていました。今、子どもたちを取り巻く環境は我々が知りうる以上に悪くなっていると言われています。そんな中、スポーツを通してどう伸びやかに育ててやればいいのか。今、子どもたちにしてやることとは何か。山口先生の熱い思いを語っていただきました。
『“心”を動かすコーチング』
講師:山口良治氏 〜今、子どもたちにしてやること〜 京都伏見工高ラグビー部総監督 環太平洋大学学監・ラグビー部総監督 ■伏見のラグビーが発信しているのは、高校スポーツの原点
「今でこそ伏見は高校ラグビーの名門校と言われるようになりましたが、現在も公立高校で昭和49年に私が赴任したとき以来何も変わっていない。猫の額のようなグランドが人工芝になったぐらいで、今でも隣で野球部がノックをしている状況は変わらないし、夕方5時になると全日制の生徒は部活を終了しなければならない。たった2時間の練習時間しかない。それでも私は、そういう条件を私は言い訳にしてきたことはないし、勝てない理由にしてきたことはない。なぜなら、私は今でも高校スポーツは教育だと思っているし、そういう気持ちを貫いてきたからこそ、多くの人たちが伏見のラグビーを応援してくれていると思っています。」 ■ 人生の出会いなんて「そのおかげで」と思ったら、みんないい出会いになる
「私は元日本代表で体も大きく、足も速いと思われていますが、子どものころは福井の田舎で育ったポチャッとした肥満児で走るのも遅かった。それでもプロ野球選手になるのが夢で、高校へ行ったら絶対野球部に入ろうと思っていた。それが若狭農林高校へ進学したら、突然野球部がなくなってしまい、挙句に怖い先輩に誘われてラグビーをやるはめになってしまった。それまでラグビーのボールなんて見たこともないのに、ラグビーを始めたら毎日毎日、雨が降っても走らされて…。それが初めてジャージを着せられて出された紅白戦で、相手にタックルに行ったら、たまたまその選手が蹴ったボールが自分の顔に当たって、『痛いっ!』と思ったら先輩たちが『ナイスプレー!』と褒めるんですね。私が無我夢中で相手を捕まえに行ったプレーが、相手の足元へ飛び込む勇気のいるプレーだったんです。そのおかげで私は、一年生から試合に出してもらえるようになりました。」 ■ つらいとか、しんどい思いをしているのは自分だけではない、
そのことに気づいたから頑張れるようになった 「自分は体育の教師になるために大学に入ったんだ。そう思って編入した日体大でもラグビー部の練習はきつかった。今でも忘れもしない北海道での夏合宿。当時は練習中に水分を補給するのはいけないことだと考えられていた時代だったから、選手たちは監督が『水行ってこい!』というまで水を飲ませてもらえなかった。そんな練習の中で同級生が倒れたらマネージャーが慌てて走ってきてバケツの水をかけて、応急手当をした。『そうか、自分も倒れたら水をかけてもらえるんだ…』。そう思って、そこまで行ったら倒れよう、あそこまで行ったら倒れようと思っていたら、とうとうゴールまで走りきってしまった。そのとき、ぜえぜえ言いながらふと顔を上げたら、よく自分のいことをいじめる4年生の先輩が苦しそうに顔を歪め『もう走れねぇー!』と叫んでいる姿がぱっと目に入った。そして回りを見たら足を捻挫している者、肩を脱臼している者、自分よりずっと条件の悪い選手たちが、それでも一生懸命走っている姿に気がついた。『自分はけがもなんともないのに、あいつらあんな格好しながら…』。そう思ったら『つらいとか、しんどい思いをしているのは自分だけではない。自分はまだまだ頑張れる』ということに気づいたんです。そうやって気持ちをちょっと変えて頑張った結果、合宿の終わりには四軍から三軍、さらには一軍へと抜擢され、その後、レギュラーの座を外れることなく大学ラグビーに打ち込むことができました。」 ■ コーチで最も大事なことはゴールを共有することにある
「みなさんそれぞれに忘れられない思い出がいっぱい残っていると思います。あのときの先生の一言で、コーチの一言で頑張れた。あんな気持ちにさせてもらったということは、いっぱいあるはずです。コーチにとって大切なのはそこなんです。子供たちをどんな気にさせてやれるか、ゴールを共有してやることなんですよ。そのためには、この子たちをどうしてやりたいのか。どういう場に立たせてやりたいのかが、ちゃんと思い描けなかったらそこには至らない。そのためにも、我々指導者、大人というものは選手の目標足りうる存在でありたい。ああ、あのコーチみたいになりたいな。あの先生みたいになりたいな。 あんな大人になりたいな。教えるとは共に夢を希望を語ることなんです。」 ■ 子どもたちの自己実現のために大事なことは、見えないところをどう育てるか
「子供たちの自己実現のために大人は何をしてやれるか。もちろん勝つための努力、技術を高めてやることは大事ですが、それ以上に見えないところをどう育てるか。私はそれに尽きるという気がします。コーチと選手は同じグランドにいるときだけではなくて、学校から帰ったあと、コーチの目の届かないところでどんな生活をしているか。私は日本代表のころは大西鐵之祐という偉大な監督から、『桜のジャージを纏っていない場面でも、さすがに日本代表選手だと言われるような自分でなければいけない』ということを、よく言われました。そのように、コーチと選手は本当の意味での信頼関係をどう作るか。グランドでは見えないところまでどう育てるかが大事だと思っています。」 ■ 力は使命の感より発する――自分の原点を忘れている大人が多過ぎはしないか
「人を育てるために必要なことは使命感です。力は使命の感より発する――。自分のそれぞれの立場で、何を期待され、何をやらなければいけないかということを考えると、いつも自分の原点を取り戻す必要があるのではないかと私は考えます。みなさんは自分の原点はどこにありますか? 例えば学校の先生だったら、初めて教壇に立たせてもらったときのドキドキした感じ、まだ覚えておられるでしょう。初めて生徒の名簿を見たとき、この子の名前はなんて読むのかな。今日はちゃんと授業できるかな。いろんな子がいるだろうけど、一生懸命頑張ろう。そう思って、初めて教室に入って行ったあのとこのドキドキした気持ちを、今も鮮明に思い出します。」 ■ 同じ高校生が同じ条件で試合をしてなぜ勝てないか。それを考えるのがコーチの仕事なんです
「ただ日本一なりたい、勝ちたいという思いだけでは自己実現はできない。そのためにどうしなければならないかということを、はっきりと思い描かなければだめなんです。例えば今、自分が指導している高校生たちを前にしたら、この子たちがどの方向に向かって、いつごろまでにどうやって進んで行ったらいいか。この子がこういう状況のゲームの中で、こんなプレーができたら、チームはこんなふうになれる。こんなゲーム展開ができるということをはっきりと思い描ききらないとだめなんです。ただイメージだけ膨らませて、こんなふうになったらいいなというのは白昼夢を見ているに過ぎない。一日が24時間しかないのは、同じラグビーをやっているイギリスでもニュージーランドでも一緒です。相手も同じ高校生、20歳や25歳の選手と試合をするわけではない。同じ高校生が、同じボールを使って、同じルールの中で、同じグラウンドを使って、同じ条件で試合をするんです。それなのになぜ勝てないのか。それを考えて創意工夫をし、そこに挑戦と創造を求めるのがコーチたるものの仕事なのだと私は思っています。」 (6月7日:毎日インテシオ大会議室での講演より) |