第5回『SCIXスポーツ・インテリジェンス講座』リポート 5月29日号
人を育て、導くには──。
コーチングをテーマに幅広いジャンルから知見豊かな方々をお招きし、その指導論やリーダー論から人材育成のポイントを学ぶ「第5回SCIXスポーツ・インテリジェンス講座」も、この5月24日(土)の平尾誠二氏の回よりスタートを切りました。スポーツコーチングがなぜビジネスの世界でも注目され、どのように活用されているのか。スポーツコーチングの活かし方、コーチの役割について語っていただきました。
平尾誠二氏『コーチングで何が変わるか』
〜スポーツコーチングの活かし方〜
講師:平尾誠二氏 
スポーツNPO「SCIX」理事長
神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼GM
神戸親和女子大学客員教授

■ コーチは目標や行く先の共通認識を持ってサポートすることが重要
「コーチの語源は乗合馬車、選手を安全に確実に、できるだけ早く目的地に届けてやることがコーチの仕事。 そのためには、彼がどこへ行きたいのか、どのレベルまで行こうとしているのか、目標や行く先の共通認識を持ってサポートすることが重要である」
■ スポーツをやることが自分にとっての喜びであることが重要
「スポーツは忍耐力や協調性を身に付くるためにやることが目的ではない。スポーツはやることが自分にとっての喜びであることが重要で、それを感じさせることができればコーチの役割の8割は果たせたと言っていい。忍耐力や協調性は、自分が強くなるうえで形成される一つの要素であって、それを目的化してしまうことは間違っている。むしろ自分が強くなったり、上手くなったりすることで、さらにそれに取り組む意欲が高まり、自発的にどんどんと努力ができるようになることが大事なことである」
■ “努力できる”という才能を引き出してやることもコーチの役割
「選手の才能の中には、身体的な能力のほかに“努力できる”という才能もある。これは気づいていない選手やコーチが多すぎる。それは一つにはコーチの側にも問題がある。なぜなら努力というのはその人間の中から自然に湧き出る行為。そのことに興味があって、好きになって、上手くなりたいという気持ちがあれば、自然に表れてくるもの。だからコーチはそちらに気持ちを向けてやることが重要になる」
■ やれなかったことがやれるようになる──そこに新しい自己との出会いがある
「スポーツの教育的価値はさまざまあるが、一番大事なことは『今まで出来なかったことが出来るようになる』こと。そしてその感動を味わうこと。例えばタックルに行くという行為は、誰でもちょっとした恐怖感があるもの。だがそこに『チームのために頑張る』だとか、『みんなから期待されている』とか、相手に対する『闘争心』であるとか、そうした気持ちを沸き立たせて恐怖心を乗り越え、相手を倒せたときに感じる達成感は、人間を大きく成長させてくれるし、そこに新しい自己との出会いがある」
■ どこの企業も『人』が大事であるということに気づき始めた
「最近は企業の研修などでも積極的にコーチングを取り組んでいる。管理職研修などでは、3日間の研修期間のうち丸々1日をコーチングに当てる企業も少なくない。それはどういうことかというと、どこの企業も『人』が大事であるということに気づき始めたから。企業にとっては人が大きな財産であるということに、ようやく皆が気づき始めた。だから、そこに時間を割くようになってきたし、管理者としての評価も人を育てられたかどうかを重要視する企業が増えてきている」
■ 感極まった肉声でないと人の心は動かない
「スポーツコーチングがビジネスの世界でも重要視されるのは、どちらも人間が相手であるということ。例えば試合前に『きょうは覚悟を決めて頑張って試合に臨もう!』と選手を鼓舞するとき、ホワイトボードにそのことを書いて決意にしたり、映像を使ってモチベーションを上げたりする方法を用いるコーチもいるが、それは本当に人間の能力を分かっているとは言い難い。人間の気持ちを揺さぶって本当にやる気にさせるには肉声しかない。それも心のこもった、感極まった肉声でないと人の心は動かない。崖っぷちのところから、もう一歩飛び出そうというところまで、心は動かない。本当の感動は頭ではなくて、心が動くもの。だからコーチングにはヒューマンな要素が重要になるし、相手が人間であるということから外れてしまっては、本当のコーチングはできない」
■ 人間の考えるスピードや深さは尋常ではない
「もし自分がそのことをやろう、物事を達成しようと決意を固めたら、どんな人間でもどうしたらいいかを真剣に考える。その考えるスピードや深さは、尋常ではないものがある。ただしそれが発揮されないのは、その人間がそこまで決意を固めて臨んでいないから。やらないよりはやったほうがいいというレベルで、本当の自発性は生まれていない。そうした選手、人間をその気持ちまで持っていってやれるか。自発性を促すことができるかが、実はコーチングにとって一番重要なことであり、相手が人間であるという意味においては、スポーツコーチングはビジネスの世界で十分通じる人材育成の手段と言える」

(5月24日:毎日インテシオ大会議室での講演より)