突然の訃報が目に飛び込んできたのが先週末の夕方・・・
何時ものように夕刊でCheckする記事を探すべくPC画面を眺めた時でした。

2008年の12月に開催されたORIXジュニア野球教室でウチの小僧にバッティングを教えてくれた彼の名前でした。


思えば、ウチの小僧が初めて話したプロ野球選手は彼でした。
しなやかにバットを操り、子ども達にスイングを指導する若者の姿は実に清々しく、小僧もボクも『エエ人やったなぁ~』と感激し気になる存在となりました。

選手名鑑を見て、高校では椎江さんが彼の恩師と知ると”年の離れた弟分”のようなキモチで更に思い入れが深くなり、そのタイミングで小僧の背番号が『41』になったと来れば・・
昨シーズン、13回の京セラドーム通いでは物足りませんでした。

秋季キャンプでバットを振り込む姿、フェンスに上り飛球を掴み捕る姿が今も鮮明に蘇ります。
正田コーチから前捌きを伝授され、ショート頭上のライナーがアッちゅう間に左中間フェンスにツーバウンドで届くようになった日に、彼からもらったサインは今も小僧の宝物です。
新調した2010年版30×55サイズの応援パネルを使うことは無くなってしまいましたが大切に置いておきます。



金曜の夜、小僧に彼の死を知らせ二人で泣きました。
明日の”かけあし大会”に備え、先々週からコースの長居公園を二人で走っているのですが、その日も小僧は休みませんでした。
コースを走り終えたあと、真っ暗な野球場のホームベースからライトに向かい
『小瀬!ありがとう!!』と二人で二回叫びました。
そして『もう泣かんとこ』と約束しました。二人のココロに彼は輝き続けているから。
そして、小僧は『ボクが小瀬の分も背番号41を守るねん』と約束してくれました。

『ありがとう!No.41☆』